青木 辰子あおき たつこ
パラリンピックメダリスト
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プロフィール

1978年 長野清泉女学院高等学校卒業
1978年 趣味で行っていた器械体操での外傷によって膝を痛め、手術を受けるが手術時の麻酔ミスにより片足完全麻痺となる。
1983年  障害者のスキー競技があることを知り、立位(立って滑る事の出来る障害者スキーカテゴリー)でのスキー競技を始める
1990年  スキートレーニング中の事故により脊髄を損傷。胸から下の体幹機能麻痺となり、座位クラスへ転向する。
1997年  ニュージーランド世界選手権に座位カテゴリーで出場。奇跡の復活。
1998年  長野パラリンピックに出場。回転競技で銀メダルを獲得。
2002年  ソルトレイクパラリンピックに出場。スパー大回転で5位入賞。
2006年  トリノパラリンピックに出場。銅メダルを獲得。
2010年  バンクーバーパラリンピックに出場。

2012年度から三省堂・開隆堂・東京書籍発行の中学生向け英語副教材
「英語のパワーワーク」に掲載中

主な講演テーマ

講演テーマ

<障害者スポーツ> 
身体障害者であり、トップアスリートでもある青木辰子が、世界選手権などの競技生活で経験してきた様々な困難や喜びをお伝えする事で、困難に立ち向かう勇気や不屈の精神を感じ取って頂ければと思います。
また、海外への遠征経験も豊富な事から、海外での障害者福祉の実情、海外でのバリアフリーの現状などのお話しもさせて頂ければと思います。

<身体障害者がもっている無限の可能性> 
青木辰子はこういいたいと思います。
「障害を負ってしまっても、これから先の人生には無限の可能性がある」ことを。青木辰子はその可能性を信じて生き、実現してきました。医学的には不可能と言われた身体機能の回復を、驚異的な筋力トレーニングによって回復させ、アルペンスキーの頂点に立ちました。私の経験を、当事者の障害者の方々に語りかける事によって、障害に立ち向かうきっかけになればと切に希望しています。

<身体障害者のリハビリテーションの可能性> 
リハビリテーションは、自立生活や社会復帰にとって最重要なことと考えます。わたくし青木辰子がスキー競技で獲得したリハビリテーション経験をお伝えする事によって、リハビリテーションがもたらす身体機能回復の可能性について、よりリアリティーを伴った理解を得られると思っています。

<困難な人生を乗り越えて生きる> 
2度の重度障害宣告を受けた稀有な人生を送った青木辰子は、そのつど苦しみながらそれを乗り越えながら、今を生きています。暖かい人々との幸運な出会いにも恵まれて冬季パラリンピックでのメダル獲得も果たしました。
極限のトップスポーツの世界で、自らの身体障害との戦いながら、挑戦一筋で送ってきた半生を多くの皆様に知って頂き、何かを感じて頂けたら幸いです。

メディア出演

NHK教育テレビ 福祉ネットワーク(複数回)
TBS-TVみのもんたの朝ズバ(複数回)その他多数

メッセージ

わたしは最初に片足麻痺を、その後胸から下の機能麻痺と、2度の身体障害を経験していますが、アルペンスキー競技に出会い、自分の限界、人間の限界に挑戦し続けています。医学的に困難と言われた身体の機能回復に、新しい筋力トレーニング等も取り入れて実際に回復させてきました。様々な方に支えられてトップアスリートとして生きてきた人生の喜怒哀楽話を、多くの皆様に聞いていただき楽しんで頂ければ幸いです。

主な著書など

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