山本 寛斎やまもと かんさい
ファッション・デザイナー
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プロフィール

1944年生まれ。71年、ロンドンにおいて日本人として初めてのファッション・ショーを開催、世界の舞台に踊り出た。これ以降、デヴィッド・ボウイ、エルトン・ジョン、スティーヴィー・ワンダー等との交流が始まる。既成概念を突き崩すアヴァンギャルドなファッション・デザインは、時代に敏感な若者から圧倒的な支持を獲得。74年パリ・コレクション、79年ニューヨーク・コレクションへの参加を経て、パリ、ミラノ、ニューヨーク、マドリッド等、世界の主要都市に「ブティック寛斎」をオープン、ファッション・デザイナーとしての地位を確立。

経歴

異色のキャストの起用や大胆かつ大掛かりなステージなど、ファッション・ショーの概念を超えた個性的なイベントを通して、人間のエネルギーの強さ、素晴らしさを表現し続けてきた寛斎は、デザイナーとしての枠に留まることなく、イベントという新たな表現形態で世界に挑戦することを決意。93年ロシアで実現されたスーパー・ショー「ハロー ! ロシア」は、モスクワ・赤の広場における第2次大戦後最大のイベント(12万人動員)という快挙を成し遂げた。続く95年にはベトナム社会主義共和国・ハノイ市レーニン公園のバイマウ湖上にて「ハロー !! ベトナム」(動員20万人)、そして97年にはインド・ニューデリーのネールスタジアムにて、「ハロー、インディア !」(動員5万人。ショーの模様は、スターTVを通じアジア54カ国で放映された)を開催。「人間讃歌」をテーマに国と国、人と人との交流を目指したこれらのショーは、いずれも、各国における最大級のイベントとして観衆の絶大なる支持を集めると同時に、国際交流への大いなる貢献として絶賛された。2000年8月、岐阜・長良川競技場にて1000名のボランティアとともに「ハロージャパン」を開催。2001年「インターネット博覧会」オープニングイベント・総合プロデュース、2001年山口県21世紀未来博覧会(「山口きらら博」)では、メイン会場<テーマ館>にて「やまぐち元気伝説」(〜9月30日まで開催)をプロデュース、79日間で68万人以上の観客を動員、従来の博覧会の概念を打ち破るライブイベントを成功させた。2004年10月、「ITS世界会議 愛知・名古屋2004」オープニングイベント、2005年3月には「EXPO 2005 AICHI JAPAN (愛・地球博)」の開幕イベントを手がけた。

2004年7月、自身の半生を新撰組・土方歳三に重ねて描いたスーパーショー「アボルダージュ」を東京・日本武道館にて開催。そしてこのショーを記録したドキュメンタリー映画「アボルダージュ 行くぞ !」が、2005年2月ベルリン国際映画祭において、映画上映+イベントという特別企画として開催。その後、日本国内で、「アボルダージュ行くぞ ! ジャパンツアー」として映画上映+トークライブで全国に展開し話題を呼んだ。

近年では、2006年5月13日のキリンカップ最終戦において、ドイツワールドカップに出場するサッカー日本代表への壮行イベント「勝つぞっ」をプロデュースし、スタジアムに集まったサポーター達を熱く沸かせた。

また、2007年1月13・14日、東京ドームにて「KANSAI SUPER SHOW 太陽の船」の監督・総指揮を務め、4万2千人を動員。前代未聞のイベントとして大喝采を浴びる。2008年4月、世界の舞台で表現してきた山本寛斎の作品が一堂に会する「熱き心展〜寛斎元気主義〜」(江戸東京博物館)を開催。7月には、サラゴサ国際博覧会ジャパンウィークメインイベント「いのちの祝祭」を実施予定。

東京芸術文化評議会評議員、さらに早稲田大学、国士舘大学、首都大学東京の客員教授を務める等、幅広いジャンルで活躍中。

実績

「ファッション・エディターズ・クラブ賞」受賞
「東京ファッションデザイナー協議会」設立幹事
「第7回 日本イベント大賞 審査員特別賞」受賞
「ロシア国際人道救助協力基金」海外顧問
「第7回 東京クリエイション大賞 国際賞」受賞
「第21回民俗衣裳文化功労者・国際文化大賞」受賞

主な著書など

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